◎ この物語を考えた目的
人間は感情の動物です。口から出た、たった一言によって殺人事件も起きます。そんな人間の持っている感情によって様々なトラブル、いじめなどが毎日のようにどこかでおきています。そして最悪、事件などに発展していく場合もあるのです。この物語はそんなことにならないようにと考えたお話です。また、無縁死も増えています。そんな問題も考えてもらいたいと思って考えた物語です。楽しくご覧下さい。
ストップ・ザ・トラブル ストップ・ザ・いじめ ストップ・ザ・無縁死
◎ この物語を読む前に・・・・皆さんの中に何らかのトラブルや人間関係などでお悩みの方はおりませんか? もし、おられましたら、ぜひこの物語を読んでみてください。そして今問題となっている相手方の人を「神様」だと思って対応してみませんか。そうすればきっと抱えている問題がいい方向に向かうかもしれません。このお話はそんな気持ちにさせてくれる物語です。
また、これからの人生の中で接するすべての人をみんな神様と思えば優しい言葉の一つはかけられるかもしれません。そんな気持ちにもさせてくれる物語なのです。また、人に何か注意されてすぐに切れやすい人も読んでみてください。注意してくれる人は、もしかしたら神様かもしれませんよ?もしも神様だったら大損しますよ。そしてそれらのことに加えて、今、人をいじめたり、虐待したりしている人もぜひお読みください。いじめや虐待をしたくない気持ちにさせてくれるかもしれません。この物語の中のいじめはどんな天罰が下るのでしょうか。
新しい人間観 「心の毒消しはいらんかね~~」GFIT法のメリット
※ みんな神様と言っても、今の世の中は「おれおれ詐欺」などのように言葉巧みに人をだますものもおりますので十二分にご注意下さい。「おれおれ詐欺」だけではありません。投資話等も益々手口は巧妙になってきております。昔から「人を見たら泥棒と思え」という「ことわざ」もあります。なるほどと思う一つの真実なのです。人間は神様のような人もいれば、泥棒のような人もおります。もしかしたら人間は何かの化け物なのかもしれません。真実を見極めるセンサーを働かせましょう。それでは始まり、始まり。
昔々、北関東の天領のある村に幕府の代官所が置かれていました。代官の名は「服部彦蔵」でした。数々の難事件を解決する切れ者として確固たる地位を築いていました。しかし、代官彦蔵には一つの悩みがありました。それは自分の支配している天領がここ二、三年の毎年の台風で、山や道、河川の堤防などが荒れ果ててしまったことでした。幕府は折からの不景気で税収が伸びず財政改革の真っただ中で、全国のすべての天領の代官所には質素倹約令が発令されていました。そのため代官所も毎年ぎりぎりの予算しかつかず、荒れ果てた河川などを、改修普請などすることができませんでした。代官彦蔵はその問題をどうしたらいいものかと毎日思案に暮れていました。それというのも毎年地元住民から何とかしてくれという陳情が激しくなってきたからでした。
そんなことに悩んでいる代官彦蔵は、ある年の正月に一つの決断をしました。それは幕府の普請奉行に自ら直訴することでした。もうこの方法しかないと思ったのです。代官彦蔵はそう決めたからには、いてもたってもおられなくなり、早速江戸へと向かったのでした。江戸城についた代官彦蔵は普請奉行に管轄天領の現状を強く訴えたのです。最初はなかなか分かってもらえませんでした。しかし、代官彦蔵の熱意と、誠意と、粘り強い忍耐(熱誠忍)で説得した結果、特別に予算がついたのでした。代官彦蔵の並々ならぬ情熱が普請奉行の心を動かしたのでした。しかし、その予算は期間限定というものでした。代官彦蔵は予算が付かないよりはましということでやむなく納得せざるを得ませんでした。その期間は10ヶ月でした。そしてその予算を土産にして帰った代官彦蔵は、早速改修普請などの人足集めにとりかかりました。募集人員は5名でした。
人間界のそんな様子を天上界からたまたま見ていた関東地区担当の天の神様が「いい機会じゃ、わしもその人足に化けて人間というのはどんな生き物なのかをしっかりとこの目で見てこよう。今まで人間界に行ったことがないのでちょうどいい機会だ」と、ひとり言を言いました。神様の世界では人間界が不景気のとき、好景気になるという世界のため、各地区担当の神々は口々に「人間様には申し訳ない、申し訳ない・・・」と言っていました。そんな中で関東地区担当の天の神様も人間界からの「頼みごと」で多忙を極めていました。しかし、「忙中閑あり」を信条としているこの神様は「働きすぎると心身症になってしまう」ということを知っていたので、気分転換の時間を作る必要性があると思って人間界に行くことを決めたのでした。しかし、天の神様は人間界へ降りていくのに何に化けていったら一番いいのか、という問題で悩みました。「うーん、うーん、何に化けていけばいろいろな人間を見ることができるのかなぁ」と、また、ひとり言を言いました。そして悩みぬいた結果「そうじゃ、これしかない!!」と思ったのです。それは、髪はぼうぼう、着物はぼろぼろ、体は垢(あか)だらけの、なんともみすぼらしい乞食のような格好をしたおじいさんに化けることでした。そして名前を「作造」と決めました。決まれば行動の早い天の神様はすぐに天上界から人間界へと降りていったのでした。
天上界でそんなことが起きているとはまったく分かっていない代官彦蔵は、改修普請などの責任者である副代官柳沢宗兵衛に期間限定での人足集めの仕事を命じていました。柳沢はあちこちに人足の募集のたて看板を立てました。日当もよかったのであっという間に19人ほど集まりました。代官彦蔵はあと一人集まれば採用の面接試験をすることにしました。
人間界に降りてきた作造は、あまりにもみすぼらしい格好をしていたので子供らが「この乞食じじい、あっちへ行け!! この乞食じじい、あっちへ行け!!」と叫びながら作造に向かって石を投げつけていました。作造は石をぶつけられながらも心の中で『ははぁ、人間は見た目の格好で人を決めるのだな』と思いました。そんなことを思いながら代官所の前に来た作造は、人足の募集のたて看板を見つけました。そしてすぐに代官所の中に入り、係りの役人に「わしも人足として働きたいのじゃが、雇ってもらえないかのー」と言いました。すると役人は「お前みたいな汚い乞食じじいは雇えない!」と、つたない返事でした。作造は心の中で『またしても見た目の格好で決められてしまった』と思いました。そんなことを思っていると代官所の奥の方から代官彦蔵がやってきました。代官彦蔵が係りの役人に、ことの始終を聞きました。すると代官彦蔵は何を思ったのか「いや、人間見た目の格好だけでは分からんものもある。ここは一つ拙者に任せてくれ」と係りの役人に言っているではありませんか。この様子を見ていた作造は心の中で『人間は見た目の格好だけで決め付けるものばかりと思っていたが、中にはそうでない者もいるものだ』と思いました。そんなことを思っていると代官彦蔵が「そこのご老人、名は何と申す?」と言いました。すると作造は「わしの名ですか?わしは作造と申しますだ。今、金がないもんで、こんな格好してるだ。土方の人足をして、新しいべべを買って、人並みの生活をしたいと思ってここへ来ましただ」と言いました。代官彦蔵は「そうか、それではお前は何ができる? この仕事は力仕事だぞ。年取ってからではなかなかきついぞ。肝心の体力がないと続かないぞ」と言いました。それを聞いていた作造は「お代官様、こんな年寄りですが、力には自信がありますだ」と言いました。それを聞いた代官彦蔵は「それならば代官所の庭にある、あの大きな石を持ち上げられるか? 」と庭にある石を指して作造に言ったのです。それを聞いた作造は「お安い御用です」と言って、すぐに庭に行き、15貫(60kg)もある大きな石を軽々と持ち上げました。
それを見ていた代官彦蔵は驚いて「なかなかのものよのー」と言いました。するとすぐに「それではこの村のはずれに大きな松の木の下にお地蔵様がある。そこのお地蔵様の、向かって右側に、三角の形をした少し大きめな自然の石があるので、その石を今すぐ持って来ることができるか」と言いました。すると作造はさっきと同じく「お安い御用です。罰(ばち)が当たらないように手を合わせて持ってきます」と返事をして、かなり遠くにある、村はずれの松の木に向かって走り出しました。代官彦蔵は「いくらなんでも、あのご老体ではあそこまで走っていって、この代官所まで帰ってくるには相当な時間がかかるに違いない」と係りの役人に言いました。すると係りの役人も「私もそう思います。私の足で走って行ったって大変ですよ。ましてやあんな老人では途中でくたばりますよ」と言いました。
2人でこんな話を、話し終えてしばらくすると、何と作造がその三角の石を持って帰ってきたではありませんか。これには代官彦蔵と係りの役人もびっくりしてしまいました。代官彦蔵は『とんでもない老人だ。人間、見た目の格好だけでは分からないものだ。どうもただものではなさそうだ』と心の中で思いました。そしてすぐに「作造、お前には並外れた体力があることは分かった。お前を特別に今人足として採用することにする。ただし、今現在19人の応募者がいるので明日面接試験をして、あと残りの4名を決めることとする」と作造に伝えました。すると作造は「お代官様、ありがとうございますだ。これで人並みのものを食ったり、きれいなべべが着れますだ」と言いました。すると代官彦蔵は「よかったのー。それでは作造、あさってこの代官所に来てくれ。そこで5名全員集めてこれからの仕事の打ち合わせをすることにする」と言いました。それを聞いた作造は「分かりましただ」と返事をしました。そしてすかさず代官彦蔵は「作造、そのお前の姿かたちは、ちょっとみっともないぞ。何とかならないのか?」と聞いてきたのです。すると作造は「お代官様、実はこんな姿かたちをしておりますのは、人に話せない深いわけがありましてこんな格好をしておりますだ。そこのところを何とか分かっていただきとうございますだ」と答えました。それを聞いた代官彦蔵は「まぁ、人に話せない、いろいろな事情があるのなら仕方がない。この改修普請などで稼いだら何とかするのだぞ」と優しく言ってくれたのでした。作造はそれを聞いて「はい、分かりましただ。ご寛大なお心ありがとうございましただ」と礼を言いました。すると代官彦蔵は黙って代官所の奥へと行ってしまいました。すると係りの役人が「作造、よかったなぁ今採用されて。こんなことは異例中の異例だぞ。しかしなぁ作造、人間見た目も大事なんだぞ。初対面で最初に目に入るのは姿かたちだからな。お前は今回運が良かったのだ。あのお代官様は若いときに苦労したから人間見た目だけでは分からないものもある、ということを知っているのだぞ。きっとお前には、姿かたちではない何かがあると直感したのだろう。普通の代官だったらこうはいかなかったぞ」と言いました。すると作造は「そうでしたか」と言ってすぐに「お役人様、お世話になっただ」と挨拶して代官所を出ていきました。
すると近所の子供らがやってきて「この乞食じじい、あっちへ行け!! この乞食じじい、あっちへ行け!!」と相変わらず石を投げつけて馬鹿にしていました。道を歩いている親子の中には「学問をしないとあんなふうになるんだからねぇ」と母親が子供に小声でそんなことを話しているのが作造の耳に入りました。作造は心の中で『人に石を投げていることを許している子供の親の顔がみたいものだ。それにあの母親は何か勘違いをしているぞ。人生すべて学問じゃねっていうのに。確かに学問も大切だが、それと同じくらいにあんたの心の教育も大切だっていうのにそれが分かってない母親だ。もし学問だけして、将来挫折や失敗したらどうする。人生には挫折や失敗などの予想もつかない負の出来事がおきるものなのに、それが分かってないんだよなぁー』と思いました。
代官所を出た作造は、心無い子供たちに石をぶつけられたりしながらも、時間があったので、村の中を散策することにしました。そして最初に行ったところは呉服屋でした。店ののれんをくぐったとき、店の人が「いらっしゃ・・・」と言い終わらないうちに「なんだ、なんだ、ここはお前みたいな乞食じじいが来るところではないぞ!! 他のお客様の迷惑になるのでとっとと出て行っておくれ!!」と開口一番、店の番頭に大声で怒鳴られてしまいました。それを聞いた作造は「いやぁ、どうも。実はこれから働いて、きれいなべべを買いたいと考えていただ。それでちょっとのぞいて品定めでもしようかと思っただ」と言いました。すると番頭は「そんなことを誰が信じる。お前の格好を見ただけでそれが嘘だとすぐに分かる。さぁさぁ、他のお客様の迷惑になるし、せっかくの店の雰囲気も悪くなるのでとっとと出て行っておくれ!!」と再度怒鳴られてしまいました。作造は素直に「はいはい、分かりましただ。でも、もしかしたらこの呉服屋は今にとんでもないことが起きるかもしれねぇだ」と、ついついしゃくにさわったので変なことを番頭に言ってしまいました。そしてすぐにこの呉服屋から出て行きました。そんな捨てぜりふを残していったものですから、番頭が怒って、店先に塩をまきました。そんな光景を見ていた作造は心の中で『はじめからこれでは先が思いやられるだ』と思いながら次に行く店を探しました。
しばらく歩いていくとこんどは食べ物を売っているお店がありました。そして見つけるやいなや、すぐにそのお店に入りました。すると中にいた中年の女主人が「いらっしゃいませ。ようこそ当店においで下さいました。ごゆるりと品物を見ていってください」と優しく作造に話しかけました。作造はこんなに優しく話しかけられたのは人間界に来て初めてだったので面食らってしまいました。そして心の中で『人間の中にも見た目の格好で客の扱いに差をつけていない人間もいるものだ』と思いました。そんなことを思っていると、そこの女主人が作造に近づいてきて「おじいさん、私は``ふみ``と申します。初対面の人にこんなことを言うのはどうかと思うのですが、もしよろしければうちの死んだ亭主の着物を着てみませんか? ちょうど背丈も同じくらいだし、ちょうどいいかもしれません。もし気にいっていただければ差し上げます。こんなことを言っては失礼かもしれませんが、髪はぼうぼう、着物はぼろぼろ、体は垢だらけでは人に嫌われますよ。もしよろしければうちの風呂に入ってきれいになりませんか? 」と言ってきたのです。その言葉に作造はびっくりしてしまいました。そして心の中で『人間にもいろいろな人がいるものだ。こんな姿をしている者に、こんな優しい言葉をかけてくれるとは』と思いました。そしてすぐに「いやぁ、おふみさん、こんな乞食じじいに優しい言葉をかけてくださり本当にありがたいことだども、人に甘えるのは性分ではないだ。お言葉だけちょうだいしますだ。実は人に話せない事情があってこんな姿をしておりますだ」と答えました。それを聞いたおふみは「そうですか。いろいろな事情があるのでは仕方ありませんね。それではそこにあるお米を少し差し上げます」と言ったのです。作造はすぐに「おふみさん、それはあんたの店の大切な売り物だ。もらうわけにはいかないだ」と言いました。するとおふみは「時には人の行為は素直に受け取ることも大切ですよ」と優しく作造に言いました。作造は「そうですか。それではお言葉に甘えて、もらっていくだ」と答えました。するとおふみはその米を袋に入れて作造に渡しました。作造は「ありがたや、ありがたや」と礼を言ってその米をもらいました。そして「おふみさん、あんたのところはもしかしたらいいことがおきるかもしれないよ」と言ってすぐに店を出ました。おふみは一瞬変なことを言うおじいさんだなぁと思いながらも「おじいさん、お体だけは大事にしてね。病気になったら働くこともできないからね」と言いながら作造を見送りました。作造は「よう分かっただ」と返事をしてその店を後にしました。
その店を後にした作造は、こんどは腹が減ってきたのでうどん屋に行きました。するとうどん屋の主人が作造を見るなり「そこの乞食じじい!! お前がそこにいるだけでうちのうどんがまずくなってしまう。さっさとそこから去ってくれ!! 」と怒鳴ったのです。作造は心の中で『このうどん屋の主人も呉服屋の番頭と同じたぐいの人間だ』と思いながら「はい、はい、分かりましただ」と言って、さっさとそのうどん屋から去ってしまいました。そしておふみからもらった米を大事に持って寝床に決めている村の神社の軒下へ向かいました。
神社へ向かって歩いていくと、途中の道端に小さな茶屋がありました。作造は少し時間があったので、そこの主人がどんな人間なのかを見ることにしようと思いました。そして茶屋のすぐ前まで行きました。するとそこの女主人のおばあさんが出てきて「いらっしゃいませ、何をお召し上がりになりますか? 」と聞いてきたのです。すると作造は「おばあさん、実は一文無しなので何も注文することができないだ。ただ茶屋を見ていただけなのだ」と答えました。すると女主人のおばあさんは「そうだったのですか。これは失礼しました。ところでお腹が減っているのではありませんか? もしよろしければ何か召し上がっていきますか?」と言ったのです。作造は耳を疑いました。そしてすぐに心の中で『今、確か、わしは一文無しと言ったよなぁ。それなのにこんな格好をしているわしに何か召し上がりますか?と言うのは一体このおばあさんはどんな人なんだべぇ?』と思いました。そんなことを思っているとおばあさんは「私は人を一目みれば商売柄、腹が減っているかどうか分かります」と言って話を続けました。「お見受けしたところ何か事情がありそうですねぇ。まぁ、一服でもして腹いっぱい食べて世間話でもしませんか?こんなばあさんではだめでしょうかねぇ」と聞いてきたのです。それを聞いた作造は「こんな格好をしているわしでもいいだか?」と逆に聞き返しました。するとおばあさんは「いいですとも。人間格好ではねぇ。話をしてみないことにはその人の心というのは分からないものですよ。いくら格好よくても人をだますために格好よく見せているやからもおりますよ。中には代官所の役人に化けて、いろいろな手口で年寄りから金を巻き上げる者もいますよ。そんな知恵があるならその知恵をいいことに使えばいいと思いますがねぇ。人間は頭の使いみちを間違うと、とんでもない人間になってしまいますよ」と言ったのです。それを聞いた作造は心の中で『人間にもこんな人間がいたとは』と思いました。そしてすぐに「それではお言葉に甘えてご馳走になりますだ」と言いました。
おばあさんはそれを聞いて「あぁよかった。私はもうじき天上界の神様のところへ行かなければなりません。だからこの世に生かされている少ない時間の中で、できる限り人様に施したいのです。そうすれば天上界の神様に土産話を持っていけますからねぇ。何もいいことをしていなければ土産話もできませんよ」と言ったのです。それを聞いた作造は心の中で『天上界の神様はわしなんだが。このわしのところに来るのに土産話を用意して来てくれるとはありがたいことだ。わしはこんな土産話が一番うれしいのじゃ。でもなかなかそのことを分かっている人間は少ないだ。しかし、今、そんな人間に出会えたとは人間も捨てたものではないぞ』と思いました。そしてすぐに「おばあさん、名は何と言うだ?」と聞きました。するとすぐに「名は``菊``と申します」と答えました。作造はすぐに「お菊さんだね。よーく覚えておきますだ。ここのところはお菊さんの気持ちはよーく分かっただ。ご飯はいらないよ。お菊さんの気持ちだけいただいて十分だ。気持ちだけで心の腹がいっぱいになったよ。また近々どっかで会うかもしれないだ。いろいろありがとうねぇ」と言いました。お菊ばあさんは一瞬変なことを言うおじいさんだと思いましたがすぐに「せっかく喜んでもらおうと思いましたが、いろいろ事情があるようですね。仕方ありません。これも何かの縁です、わずかではありますがここに一両あります、これを差し上げますから、もし、腹が減ってどうにもならなかったらこれで何か食べて下さい」と言って作造にその一両を渡しました。作造は少し前に立ち寄った食べ物屋の主人のおふみが言っていた『時には人の行為は素直に受け取ることも大切ですよ』と言うことを思い出しすぐに「お菊さん、ありがたいだ。素直にもらっておくよ」と礼を言って、その一両をもらいました。お菊ばあさんは「ああよかった。これで神様への土産話ができます。それではお元気でさようなら」と言って、作造に手を振って見送りました。作造も手を振って「さようならだ」と言って、その茶屋から離れました。
そして少し歩いていくと、こんどはどこかの家の中から怒鳴り声が聞こえてくるではありませんか。作造は恐る恐る怒鳴り声がする家の前まで行きました。するとその家の中から「貸してやった金を返せ!!」とか「何とかもう少し待ってくれ!!」とかの大きな声が聞こえました。どうも金の貸し借りでいざこざがおきているようだと作造は察しました。すると家の中から金を貸している側と思われる人物が「おい、そこの乞食じじい、何を聞いているのだ!! さっさとうせろ!!」と大声で怒鳴ってきたのです。すると借りている側と思われる人物が「そこのじいさん、うちはこの人とは親戚なんです。少し困ったことがあって50両の金を貸してもらったのですが、事情があって約束の日に返せなくなってしまったのです。この人に一緒に何とかお願いしてもらえませんかねぇ」とまったく関係のないあかの他人の作造に向かって言っているではありませんか。作造はとんでもないところに来てしまったと思いました。しかし、来たからには仕方がないと思い双方に「お互い親戚同士なんだべぇ。何とかなるべぇ!!」と言ったのです。すると金を貸している側の人物が「乞食じじいのくせに偉そうなことを言うな!! さっさとうせろといっただろう!!」と烈火のごとく怒りました。作造は負けじと「50両やそこらのはした金でねぇか。親戚なんだから相手が困っているときは助けてやったらどうだ。思い切ってくれてやったらどうなんだ。確かに約束した日に返さない方が悪いに決まっている。しかし、もう少し面倒みたらどうだ。無慈悲は恨みをかってしまい、最悪命を落とす可能性もあるぞ。理屈も大切だが、相手が行き詰っているときは情も大切だぞ。慈悲は逆に命をつなぐことにもなるぞ」と言ったのです。するとすぐにそう言われた方は「なにぃ!! くれてやれだと!! とんでもないことを言うやつだ。世の中万事金なんだ!! 金がすべてなんだよ!! この乞食じじい!!」と大声で怒鳴って炊事場から刺身包丁を持ってきたではありませんか。その異常な行動を見て、作造はすぐに心の中で『金の亡者に何を言ってもだめだ。こんな人間に関わっていたらとんでもないことになるぞ』と思いました。そしてすぐに立ち去ろうとしたとき、金を借りている側の人物が「そこのおじいさん、帰りにうちに寄ってください。相談に乗っていただけませんか?」と言うではありませんか。作造はすぐに「あんたのうちはどこなんだ」と聞きました。すると「この家の正面がうちです」と言ったのです。作造はびっくりして「それでは一応ここは納めてのー。わしは一足おさきに待っているだ」と言って、前の家に向かいました。
しばらくすると、そこの家のさっきの主人がやってきました。そしてやってくるなり「待たせて申し訳ありません。失礼ではありますが、見たところどこかの仙人ですか。まぁまぁ、そんなことはどうでもよいのですがね。うちでお茶でも飲んで言って下さい」と言うではありませんか。作造はすぐに「こんな格好したじいさんでもいいのですか」と逆に聞きました。すると「人間格好ではありません。さっき言っていただいたお言葉はありがたかったです。一言お礼の言葉を言いたかったのです」と言ってきたのです。作造は「その気持ちだけで十分ですだ。ところで借金は何とかなるのですか?」と聞きました。すると「何とかなります。相手がもう少し待ってもらえればね」と言いました。それを聞いた作造は「そうですか。なかなか待ってくれないのですね」と質問しました。すると「そうなんですが・・・」と答えると「まぁ、うちに上がってお茶でもどうですか?」と何か言いたそうな雰囲気でしたが、言葉を発せずお茶を勧めてきたのです。すると作造は心の中で『何かあったな』と思ってすぐに「お心だけで十分です」と答えました。すると「それでは、もしよろしければうちでとれた野菜があるので少し差し上げます」と言ってきたのです。作造は「それでは素直にいただきます」と言いました。するとそこの主人はすぐに袋に入れた野菜を持ってきて作造に渡しました。作造は「ありがたいだ」と礼を言って受け取りました。するとこんどは「達者でいてください」とそこの主人が言ってくれたのでした。それを聞いた作造は「あんたの名前を聞いていなかっただ。ついでにあんたに金を貸している人の名前は何というだ」と質問しました。するとそこの主人は「私は助次郎で、前の家は金貸しの助三郎と申します」と答えました。すると作造は「分かっただ」と言ってすぐに帰りました。
作造は神社への道すがら、心の中で『人間もいろいろだなぁ。どうして人間は同じ赤ん坊に生まれてきているのに大人になってくるとこうも違ってくるのだろうか』と考えながら歩いていきました。そしてしばらく歩いていくと、ある大きな百姓の家の庭先の縁側で、杖を横に置いて、腰を下ろして休んでいる青白い顔をした、今にも死にそうなおばあさんが目に入りました。作造はそのおばあさんに「いい天気で気持ちがいい日ですねぇ」と自分のほうから声をかけました。するとそこのおばあさんが、衰弱しているにもかかわらず、全身の力を振り絞り、やっとのことで聞こえるか聞こえないかの小さな声で「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・。本当にいい日ですねぇ。こんな日はありがたいです。ここで一休みしていきませんか?南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・」と作造に何と念仏を唱えながら聞いてきたのです。作造はすぐに「まぁ、急ぐ旅でもないので、それではおばあさんの講釈でも聞かせてもらいますか」と答えて、そのおばあさんが座っている縁側へと行きました。そしてそのおばあさんの横に作造もすぐに座り、その青白い顔をしたおばあさんに「おばあさんや、少し顔色が悪いようだが大丈夫だか? 」と聞きました。するとそのおばあさんが弱々しい小さな声で「実は私はあと一ヶ月ぐらいしか生きられないと医者から言われています。もう少しでこの世からおさらばしなければならない身なのです。ここに座っているのもやっとの思いで座っています」と答えたのです。それを聞いた作造は「そうだったんですか」と言いました。するとおばあさんは「あなた様もお見受けしたところずいぶんといろいろなことがあったようですねぇ。きょうお会いできたのも何かの縁です。私の勝手な見立てですが、なかなかの苦労人とお見受けしました。そこで一つ頼みがあるのですが、私のくだらない話を聞いてくれますか? 」と言うではありませんか。作造はいきなりそんなことを言うおばあさんにびっくりしたのですが「いいですよ」と快く快諾しました。するとおばあさんは「ありがとうございます。私の名は``千代``と申します。この家に嫁に来て今に至っています。亭主はもう約10年前に死にました。今度は私の番です。私は今、自分がこんな身になって初めて分かったことがあるのです。それは自分の骨は自分で拾えないということです」と、いきなりこんなことを言ってきたのです。それを聞いた作造は『いきなり変なことを言うおばあさんだなぁ』と心に思いながらも「子供がいるではねぇのか? 」とすぐに言いました。するとおばあさんは「2人いますが、私が原因で喧嘩別れになっています。おそらく骨は拾ってくれません」と言いました。すると作造は「それは寂しいだ。何とかならないのか」と言いました。するとおばあさんは「なりません。みんな私が悪かったのです。死ぬ前になってやっとそれが分かったのです。せがれは私の昔の行状をいまだに責めているのです。実は昔、私はせがれの嫁を長い間いじめてました。そしてそれが原因で、ある日突然その嫁は自殺してしまったのです。せがれが責めているのはそのことなのです。嫁が自殺してしまってからずーと長い間、私は自殺したのは嫁が悪いのだ、と強く思っていました。しかし、死期が迫ってきて昔のことをあれこれ考えたり、自分をあらためて見つめ直したり、念仏を唱えたりしているうちに段々と自分の考えが間違っていたと分かってきたのです。私は大庄屋の家に生まれて何不自由なく育ちました。そのためにわがままに育てられたのです。この家に嫁に来ても何でもかんでも自分勝手でやってきました。自分の思い通りにならないと気がすまなかったのです。思い通りにならないと人の悪口や、数々の愚痴を言ってはうっぷんを晴らしていました。嫁をいじめていたのも、そのうっぷん晴らしだったのです。しかし、今になってそれが間違いであった、と苦しみぬいてやっと分かりました」と言ったのです。そのことを聞いた作造は『お千代さんは何か心の中に悩みを抱えているな』と心の中で感じました。そしてすぐに「そうだったのですか。それは大変でしたねぇ。でもよくそこまで自分を見つめ直しましたねぇ。さぞかし苦しかったでしょう。それにしてもお千代さん、だいたい人間は自分勝手に生きているものですだ。自分が正しいのだ、間違ってはいないのだ、と思って生きているだ。それが普通だべぇ。そのために時には世の中は戦(いくさ)にもなり、喧嘩にもなるだ。残念だがね・・・。お千代さんよ、普通は忙しくて自分のことで精一杯で、人のことなどかまっておられない、というのが現状ではねぇか。しかし、それでは充実した人生を生きていくことはできねぇだ。仕事以外に人と関わってこそ充実した人生が送れるだ。そのためには、まず自分から人を愛することが先だべぇ。人から愛されることを待っていたのでは人と関わることはなかなかできねぇだ。人はみんな、本当はふれあいを求めているだ。なぜかというと、人は本当は孤独で寂しいかもしれねぇからだ。だからたまには知っている人のところへ行って``ご機嫌伺いに来ました``と言って、遊びに行くのもいいかもしれねぇだ。みんな本当は自分のことを分かってもらいたいと思っているだ。だからまずは自分のほうから人を分かってやろうと努力することがたいせつだべぇ。人生充実の鍵はそれゆえ、まずは人を愛することだべぇ。ここにきてお千代さんは自分の骨は自分で拾えないということにはじめて気が付いたのだから、このことがきっと分かったに違いねぇだ。今は無縁死がはやっていると聞くだ。お千代さんのように生きている時に、自分の骨は自分で拾うことができない、という深い意味が分かれば無縁死も少しは避けられるかもしれねぇだ。それにしてもお千代さんは自分の今までの考えが間違いだったことが分かったのだから偉いよ。あの世へ行ってもそれが分からない人もいるだ。今になってこんなことを言うのも変なことだども、お千代さんも昔、自分のことだけでなく、もう少しせがれさんの嫁さんの立場に立って、嫁さんのことを自分の娘のように愛して理解してやっていれば違った人生になっていたかもしれねぇだ。そうすれば今になって苦しまなくともよかったかもしれねぇだよ。お千代さんよ、話は少し変わるだが、人生はなかなか思い通りにならないものだ、とまずそう考え、次にそれだから面白い、と考えれば違った人生が歩めたかもしれねぇだ。要はお千代さんの考え方一つだったのではねぇかということだ。もし人生が何でもかんでも仮に思い通りになったら何も得るものはないだ。思い通りにならないからあれこれ勉強して何とかしようと苦労するだ。その苦労の中で貴重な多くのことを得ることができるだ。ところでお千代さん、今の気持ちではきっと死にきれないのではねぇか。それでわしに今の気持ちを聞いてもらいたいと思ったのではねぇか? 」とついつい長々と常日頃思っていることを言ってしまいました。そしてそれに乗じて、お千代ばあさんの深い悩みは何だろうかと、それとなく聞いてみたのです。するとお千代ばあさんは「いろいろいいお話ありがとうございます。今はあなた様の言うことは理解できます。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・。ありがたや、ありがたや」と言ってすぐに「まったくあなた様の思っている通りなのです。今のままでは極楽に行けません。死んでも死に切れません。実はなかなか心の清算ができないでいるのです。何とかいい方法はないでしょうか? 」と初対面の作造にこんなことを告白したのです。作造はすぐに心の中で『きっとお千代さんは、過去のことにとらわれて、過去に行ってきた行状はすべて自分が悪かった、と自分を責めて苦しんでいるのに違いない』と思いました。そう思った作造はお千代ばあさんに「お千代さん、亡くなった嫁さんの墓前で、今のあんたの気持ちを素直に言って、本当にすまなかったと謝ればいいだ。きっと嫁さんは許してくれるだ。そしてあんたの子供たちにも素直にあんたの今の気持ちを伝えて謝るのじゃよ。そうすればきっと分かってくれるだ。そうすれば気持ちは楽になれるだ。極楽に行ける準備にもなるしな。あんたはまだ間に合ったよ」と言いました。するとお千代ばあさんは「そうすればいいんですね。ありがたいことです。あなたのことを信じます。やってみます。きょうはやっとの思いであなた様の呼びかけに答えてよかった。昔の私だったら失礼かもしれませんが、きっと、この乞食じじいが何を言っている!! お前みたいな者が来たのでは迷惑だ、と言ったと思います・・・。きょうは本当によかった。いいことをいろいろ教えてくれてありがとう、ありがとう・・・」と言って涙を流しながら何と作造にお礼を言っているではありませんか。作造はそのお千代ばあさんの涙を流しているのを見て「その真実の改心したお千代さんの姿を見て、お千代さんが今まで積んできた不徳をすべて天が受け取ってくださり、きっとお千代さんを勘弁してくれるよ。神様というのはそういうもんだべぇ」と作造はお千代ばあさんに言いました。そう言われたお千代ばあさんは益々涙が出てきて、とうとう大きな声で泣いてしまいました。
そしてその大きな声で泣いて出てきた多くの涙を見た作造は「その涙で今までの心の垢をきれいに洗い流すだ。そうすればさっぱりするだ」と言いました。それを聞いたお千代ばあさんは、涙を流し、泣きながら首を縦に振り「うん、うん・・・」と言っていました。そしてしばらくして我に返ったお千代ばあさんは「こんな今にも死にそうな年寄りにいろいろありがとうございました。泣いたら不思議と楽になりました。たいしたことはできませんが、お礼に私がつくった大根の味噌漬けがありますのでそれを少し差し上げます。今の私はそんなお礼しかできません」と言って、やっとの思いで体を動かして大根の味噌漬けを持ってきて作造に渡しました。それをもらった作造は「おいしそうな味噌漬けですだ。ご飯のおかずにしますだ。お千代さんありがとうですだ」と礼を言って、その大根の味噌漬けをもらいました。そして「お千代さん、それではさようならだ」と作造は言いました。するとお千代ばあさんは「きょうはありがとう、ありがとう・・・・」と何回もお礼を言いながら、衰弱しきった全身の力を振り絞り、手を振って見送りました。そして作造は、そんなお千代ばあさんの姿を何回となく振り返りながら神社へと向かいました。その途中作造は心の中で『人間は神様ではないので、どうしても間違いをしでかす生き物だ。でも大事なことは間違いをしでかしたときは心から反省して同じ間違いを犯さないことだ。不徳を積んだら心から改心することなんだが・・・。でもお千代ばあさんは生きている間に自分が間違っていたことに気付いたからよかった、よかった」と何度も思っていました。
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そして神社についた作造は神社の軒下で一晩過ごしました。そして心の中で『きのうはいろいろなことがあっただ。いろいろな人間を見たわい』と思いました。そして、きのうもらった米と野菜を料理して大根の味噌漬けをおかずにして朝飯を食べ終えました。そして一服して早速代官所へと向かいました。すると代官所にはもうすでに他の4人の人足が来ていました。その4人の人足は以下の者でした。一人は以前に左官をしていて、どんな仕事もできると自負し、自信家の佐平治という男。もう一人は前に常陸の国の、とある町で組みを張って、土方の親分をしていましたが、事業に失敗し、この村にやってきた久作という男。もう一人は若いのに早く女に手を出してしまって責任を取らされて所帯をもって、村の親の家に居候している友蔵と言う男。もう一人は学者肌で、世の中のことは何でも知っていて、何でもひととおり器用にこなす竹八という男の4名でした。そんな素性を持っている4人と作造が集まったところで代官彦蔵がやってきました。そして5人を前に「それではきょうから働いてもらうのだが、この5人の親方を作造とする。その補佐役を佐平治とする。これは代官所で決めたことだ。喧嘩しないでみんな仲良く働いてくれ。早速ではあるが、きょうはとりあえず街道の草刈をやってもらうこととする。詳しいことは副代官の柳沢を通じて作造に話しておくからな」と言いました。それを聞いた佐平治は『何だ、何だ。親方は俺ではなく、この乞食じじいだと。こんな乞食じじいに何ができるというんだ。見た目からしてまず無理だ。俺の方が数段外仕事には詳しいのに』と心の中で思いました。そんなことを佐平治が思っていることとは夢にも思っていない作造が、すぐに副代官の柳沢に呼ばれ、詳しい現場の場所等の説明を受けていました。そしてみんなで現場へと向かいました。
現場についた作造は補佐役の佐平治を呼びました。そして「佐平治さん、きょうはこことあそこを刈ることになるだ」と指示しました。すると佐平治はツンとした表情で「そんなことは分かっている!!」と言うではありませんか。作造は出発前に副代官から聞いた場所をどうして佐平治が知っているのだ、と思いました。そしてすぐに『ははぁ、このわしが親方になったのが面白くないのだな。こんな乞食じじいの格好をした人間の下で仕事の指示を受けるのがいやなんだなぁ。ましてやこんな乞食じじいと俺では、俺の方が数段仕事ができる人間だ、と佐平治は考えているのに違いない』と作造は直感で思いました。そして『これからはなかなか大変だぞ』とも思いました。そんなことがあって作造は『うーん、これからは少し距離をおいて客観的に観察しなければならないなぁ』と思いました。それでも何とか仕事をこなしていきました。ほとんど佐平治が中心となって、作造親方に相談もなく勝手に一人で段取りをしていくというものでした。佐平治は自分がさも親方になったように振舞っていたのです。作造は一日が終わったとき、いつも心の中で『やれやれ、ここにも見た目の格好だけで判断する者がいるとは。本当に困ったものだ。これから何が起きるか分からないぞ』と思いました。
それから数日がたったある日、作造は川の堤防を改修するための土を運んでいたとき、急に久作が作造に向かって「そんな運び方ではだめだ!!腰がふらついているぞ。今にも土がこぼれるではないか!! まったく土運びの方法も知らねぇのか!!」と、みんなにわざと聞こえるような大きな声で作造を怒鳴りつけました。作造は驚いたのですが無視して黙々と働き続けました。久作は作造がこのことについて何等言い返さなかったので『作造親方は何も言えないただの腰抜け乞食じじいに違いない』と思ったのでした。作造は極力仲間との摩擦を起こさないようにしていただけだったのです。そんなことは露ほども知らない久作は、現場で時々些細なことでも作造に向かって暴言ともとれる大きな声で怒鳴りつけることもありました。また、些細なことで鬼の首を取ったような言動が佐平治と久作に時々見られるようになりました。佐平治と久作は、見た目汚い乞食じじいみたいな作造をさげすんでいたのでした。作造は心の中で『ははぁ、これが俗に言う人間界の心理的いじめであり、心理的虐待というものだな』と思いました。またある日こんなこともありました。それは一服の時に起こりました。作造がちょっとした勘違いからみんなが働いている現場が見えなくなり『どこかで一服しているのだろう』と作造は考えて一服時間を少し延長していたのです。しかし、待てど、暮らせど、みんなの姿は見えません。心配になった作造はみんなを探し始めました。そして何と目に入らないところで仕事をしていたのです。そんな作造を見て、いつも常識人と思っていた竹八が突然「親方は馬鹿だ!!」と暴言を吐いたのです。さすがの作造も「馬鹿とはなんだ、馬鹿とは。誰でも勘違いというのはあるものだ!!」と言い返したのです。そしてもう少しで喧嘩になりそうでしたが、何とか収拾することができました。作造は常識的な目を持っていたと思われる竹八が暴言を吐いたことに驚いたのでした。作造は心の中で『悪貨は良貨を駆逐するというのはこのことだな。人間の心は環境によって伝染するものなのだな。今人間界の寺子屋で起きている学級崩壊も一部の悪い子供の心がみんなに伝染して起こるかもしれないなぁ』と思ったのでした。こんな状況のときは雷でも落とせばいいのだが、今落とせば間違いなくこの5人は空中分解すると考えた作造は、大きな波風を立てないことを選択していったのでした(問題によっては雷を落とせば解決する場合もあります)。そんないろいろなことがなんだかんだと起きる現場ではありましたが、佐平治がほとんど中心となって段取りをし、細かい指示も佐平治と久作を中心として出してうまくいっていました。作造は心の中で『いろいろあるがこの2人に現場のことは任せておけば何とかうまくいく』と感じていました。そしてまた『このやり方が今のところ最善だ』とも思っていたのでした
そんなことを思いながら何も言わないで仕事をやっているうちに、段々と今度は作造への仕事に対するいじめが益々激しくなってきました。特に副代官と作造が次の現場を二人で見に行った後は大変でした。作造は『ははあぁ、これが人間のねたみというものかもしれないな』と心の中で思いました。しかし、作造はいくら佐平治と久作にひどいことを言われても平気でした。しかし、そのことがだんだんとそのいじめが変形していく原因となっていったのです。作造は『人間の心というのは摩訶不思議なものだ。人間は自分より劣っている人や、前に世の中の評価が低いと思われる職業についていた人や、見た目の格好が悪い人をいじめる場合があるのだな』と思いました。
ある日こんなこともありました。佐平治がある現場で一番重い作業道具を指して「これは副代官が俺に作造に使ってもらえと言っていた」と言ったのです。作造は心の中で『そんなことを副代官が言うはずがない』と思ったのです。作造はすぐに『ははぁ、この俺は副代官とつながっているのだぞ』ということをみんなに知らしめることをねらった佐平治の嘘だとすぐに思いました。後でそれはまさに思ったとおり嘘でした。嘘をついてでも求心力を保持したかったのです。そんな数々の虚言を吐いていたことを知った作造はそんなことばかりに気をとられて補佐役としての役割を何等果たしていない佐平治にほとほとあきれていました。佐平治は、この俺は作造親方より能力があり、俺の方が偉いのだという心が大きくなるにつれて、作造の批判や文句がどんどん増えていきました。佐平治は批判や文句を言って、求心力を保ってもいたのです。肝心要の自分の立場というのが分からなかったのです。
ある日、摩訶不思議なことがおきました。作造が竹八に仕事のことで少し注意をすると、そのそばで働いていた佐平治が作造に向かって何やら口をとがらせて文句を言っているではありませんか。作造はこの人間は一体何を考えているのだ、と思いました。作造はその行為については何も言いませんでした。出る言葉が見つからなかったのです。しかし、作造は思ったのです『この佐平治という男は何でもかんでも自分中心に動かないと気がすまない人間ではないのだろうか』という気がしてきました。そこで作造は佐平治に口出しをすることを辞めたのでした。作造が何を言っても自分の意に沿わないことをすべて拒否したからでした。
また、こんなこともありました。それはある作業の方法をめぐってのことでした。安全上、決められた方法ではなく、我々のやりやすいやり方でやったらどうか、というものでした。佐平治が「最初は副代官の言うことを聞いて作業するが、どうせ見てないのだからそのうちにわれわれのやり方でやろう」というものでした。それを聞いた作造は『責任もとれないくせによくもそんなことが言えるものだ。この男は二枚舌のとんでもないやつだぞ』と思いました。
そんなことがあってから、改修などの仕事も5ヶ月を過ぎたある日の現場で佐平治が「作造親方は親方の資格がねぇ。何の指導力もねぇ。俺はこんな親方に協力することはできねぇ。親方を辞めてもらわないと困る」と言ったのです。作造は心の中で『さんざん自分中心にやってきて今になって指導力がないだと。何もわしに協力するために働いているわけではないだろう。代官所に雇われて日当を稼ぐために働いているはずだ。なぜ今こんなことをみんなの前で話すんだ。いじめの次なる手かもしれない。いじめても何等悲鳴をあげないわしを見て我慢ができなくなってきたかもしれない』と思いました。そしてそう思った直後に作造は「佐平治さん、あんたはわしの補佐役じゃないか。自分の補佐役の仕事を棚に上げてそんなことを言うのは変だろう。この現場はわしとあんたの責任で代官所より任されているのだぞ」と言ったのです。すると佐平治は「俺はあんたが休んだときだけの補佐だ」というではありませんか。そんなことは最初からいわれてもいないのに又虚言を吐いたのです。自分の責任逃れの言い訳だったのです。他の3人は言葉たくみに何とかだませても作造をだますことはできませんでした。その日作造は副代官の柳沢様に今までのことを報告し、今の状況を相談したのでした。その結果、今までと何等変わらずたんたんと仕事をするしかないということになりました。作造は現場の仕事は複雑な責任問題を含んでいる仕事なので、代官所への報告、連絡、相談、確認を常に密にしなければならないと考えていたのでした。
そんなことがあった翌日、いつものように仕事に出かけようとしたとき佐平治がとうとう「お代官様、お願いがあります。この作造は親方として何等能力はありません。俺と久作に仕事を任せてもらえませんか」と言ったのです。すると久作が「この男はきのうある仕事をやってもらったのですが、それをほったらかしにして、別な仕事をしているのです。この男はそんな男なのです」と言ってのけたのです。それを聞いた作造は心の中で『最初の予感があたったな・・・。きのうあんなことを言ったのはこのためだったのか。代官所が何も知らないと思ってよくもこんなことが言えるものだ。仕事で用があったならこのわしを呼べばいいだけのことだろう。わしがその現場を見たら別な人間をすでに立てて仕事をしていたのだから何等問題はなかったのに。この2人は人前で人を傷つけることを平気でやってのける無神経な人間だったとは。ましてや2人で勝手に秩序を乱し、その責任をすべてこのわしに押し付けようとしている。そしてわしから親方の役を奪い取ろうとしているこの2人はとんでもないやつらだぞ。しかし、今ここで頭にきたのでは頭にきた方が負けということだ。知恵のある人間の中にはそのことを知っていてわざと頭にくるように仕掛けるものもおるで、用心しなければならねぇだ』と思ったのです。しかし、それを聞いた代官彦蔵は、うすうすいじめがあることを知っていたので「それでは親方は誰がいいのだ」とみんなに聞きました。すると友造と竹八は「久作がいい」と言いました。そして代官彦蔵はすぐに「作造さん、何か言うことはありますか」とたんたんと言ってきたのです。作造はすぐに「人間、みんな長所もあれば欠点もある。欠点をいちいち声を出して指摘していたらやっていけるものではないぞ」と言いました。そしてすぐに「まあ、言いたいことはこれだけですだ」と言いました。そして心の中で『相手に今、ここで刀を抜いて徹底的に反撃すれば(徹底的に言葉で反論すること)血が出る(大喧嘩になり収拾がつかなくなりお互いに傷ついて修復不可能になること)のは今の状況では明白だ(問題によっては刀を抜いて解決する場合もあります)。そして結果的にこの5人の組織は空中分解してしまう。今までの代官や副代官の苦労が水の泡になる。わしは権力闘争のため天上界からやってきたのではないぞ。人足に化けて人間界を見るためにやってきたのだ。今まで多くの収穫もあったしここが潮時かもしれないなぁ。この二人はいつか自分たちがやったことが身にしみて分かるときが必ずくるに違いない』と思ったのです。そう思ってすぐに作造は「後は何もありません」と言ったのです。それを聞いた代官は「分かった。それではきょうから、親方を久作にする。みんな仲良く働いてくれ」と言いました。そしてそのことが決まってから現場へと向かいました。佐平治と久作は心の中で『うまくいったぞ。俺たちの方があんな乞食じじいより仕事ができるんだ。あんな乞食じじいの下でいつまでも働いていられるものではない』と思ったのはいうまでもありませんでした。
現場についたとたん。佐平治と久作が今まで何事もなかったように生き生きと働くではありませんか。作造に対するいじめもなくなり、批判や文句もなくなりました。それを見ていた作造は『人間は現金なものだ。漬物石ような重石が取れたとたん、こんなにも変われるものなのか』と思ったのでした。そして『人間は往々にして、自分が今何をしているのか分からないときがある生き物ではないのか。人のことはよく見えて、自分のことはまったくといっていいほど見えない生き物ではないのか。そして過去の職業や、見た目の格好やねたみなどでその人間を見てしまうため、どうしてもそこに差別や偏見によっていじめなどが生まれてしまう生き物ではないのか。そして何か満たされない心がある(また、何か問題を抱えている)人間は自分より劣っていそうな人間を何らかの形で攻撃する一面を持っている生き物ではないのか』という思いがしてきました。そんなことを作造は人間界に来て感じていたのでした。
※ 作造からの緊急メッセージ・・・今、人をいじめたり、虐待している人は自分が何をしているのかを知り、即刻それらの行為をやめてください。また、いじめられていると考えている方は「いじめるほうには心が満たされない何かの問題を持っているのだ。本当はかわいそうなのかもしれない。そして本当の友達になりたいのかもしれないのだ」という考え方もしてみよう。そうすればその考えが一つの心のクッションとなり、心を守ってくれるかもしれません。
そんなことがあって数日がたったある日に、現場では大八車を引いて作業することがありました。その大八車を引いていた新しい親方の久作が、何と誤ってその大八車を道の側溝に落として転倒させてしまったのです。この出来事を見て作造は心の中で『だから言ったじゃないか、人は長所もあり短所もあると。もし、わしが親方をしていて大八車を側溝に落としてひっくり返したら、何をいわれたかわかったものではなかったぞ』と思いました。
作造はそれからというもの波風を立てないことを第一に考えて働きました(問題によっては波風を立てれば解決する問題もあります)。そしてとうとう働く期限が迫って来たのでした。働く期限が迫って来たということは作造が天上界へ帰る日が近づいてきたということでした。作造はこの人間界での出来事の記録を、天上界での神々の世界でもお同じようにおきている様々ないざこざを解決するための資料として天上日誌につけていました。そしてその日誌をつけているとき『天上界へ帰る日が近づいている。いろいろお世話になった人たちに何かお返しをしなければならんなぁ』と考えていました。そして一体何が一番喜ばれるだろうと思案にくれていました。そして休みの日には村人に「人間が一番喜ぶ物はなんだべぇ」と聞いてまわりました。いろいろな意見がありましたが最終的に結論が出ました。その結論は何と「小判」だったのです。
そしてとうとう天上界へと帰る日がきました。それは晩秋のある日でした。天気も良く、風はほとんど吹いてないおだやかな日でした。作造はそれぞれ世話になった家を回ることにしました。まずは食べ物屋のおふみさんの家でした。作造は「こんにちは。以前お世話になった乞食じじいです。おふみさんはいるかのー」と言いました。すると店の奥から「はーい。おりますよ」という声がしてきました。そして奥から出てきたおふみさんは「あらまぁ、いつかのおじいさん。お久しぶりです。相変わらずのお姿で。私の死んだ亭主の着物がたくさんあるので差し上げます」とあいかわらず親切に言いました。すると作造は「ありがたいお話で。実はおふみさん、わしは事情があって遠い、遠いふるさとに帰らなければならなくなったのだ。そこでお世話になったおふみさんにお返しがしとうて、きょう来ましただ。お礼に家の周りの落ち葉を集めてきれいに掃除しますだ」と言いました。するとおふみさんは「なかなか忙しくて落ち葉集めもしていられなかったのでちょうどよかった。それではお言葉に甘えて掃除していただきます。ところでおじいさんの遠いふるさとはどこなのですか?」と聞いてきました。作造は「遠い、遠いところなのです」と言いました。それを聞いたおふみさんはそれ以上のことは聞きませんでした。そしてすぐに作造は、くま手で家の周りの落ち葉を集めました。しばらくしてすべて集め終えた作造はおふみさんに「少しの間、目をつぶっていただけますかのー」と言いました。おふみさんは「お安い御用です」と言ってしばらくの間、目をつぶりました。目をつぶって少しの間、何も作造の声がしないのでおふみさんは「もう目を開けてもいいですか?」と言いました。しかし、そう言っても何の返事もなかったのでおふみさんは目を開けました。すると何と、何と、作造が集めた山ほどの全部の落ち葉が小判になっていたのです。落ち葉1枚が1両に変わってしまっていたのです。それは、それは数え切れない大金に落ち葉がなってしまったのです。それにはおふみさんもびっくりして腰を抜かしてしまいました。そしてその片隅に置手紙がありました。おふみさんは恐る恐るその手紙を読みました。そこにはこんなことが書いてありました。「おふみさんへ わしは天上界の神様だったのです。作造という乞食じじいに姿を変えて人間界を見に来たのです。あなた様のお心遣いを感謝しています。いろいろお世話になりました。この小判で幸せになってください。 乞食じじいの作造より」と書かれていました。おふみさんは二重にびっくりしてしまいました。そして天上界に「ありがとうございました作造さん」と何回もお礼の言葉を言ってお祈りしていました。
作造はすぐに、こんどは自分を人足に採用してくれた代官所に向かいました。代官所についた作造は「お代官様、作造でございますだ。いろいろお世話になりました。これから遠い、遠いふるさとへ帰らなければなりませんだ。そこでお世話になったお返しに代官所の周りの木々の落ち葉を集めてきれいに掃除をしますだ」と言いました。それを聞いていた代官彦蔵は「いやぁすまないなぁ、作造さん。それでは大変だが一つやってもらえますか」と言いました。それを聞いた作造は「ありがたいですだ」と言って、すぐに作業にかかりました。代官所の屋敷は広かったのでなかなか大変でした。かき集めた落ち葉は50山にもなりました。とんでもない落ち葉の数になったのです。それを集め終えた作造は「お代官様、わしがいいというまで目をつぶっていてください」と言いました。すると代官彦蔵は「な、な、何が起きるのだ、作造?」と言ったのです。すると作造は「最後なので素直にわしの言うことを聞いてください。ただそれだけですだ」と言いました。すると代官彦蔵は「そうか、それでは目を閉じるぞ」と言って、しばらく目を閉じていました。しかし、作造の声は聞こえてきませんでした。業を煮やした代官は目を開けました。するとなんと代官所に集められていた落ち葉全部が小判に変わっているではありませんか。それにはさすがの代官もびっくりして腰を抜かしてしまいました。そしておふみさんのところと同じ内容の手紙を読みました。それを読んだ代官はまたまたびっくりしてしまいました。代官所では落ち葉が大量の小判に変わったものですからてんやわんやの大騒ぎになりました。代官彦蔵は「作造が神様だったとは何てことだ!!」と言って「作造さん、このお金は大切に使わせていただきますよ。台風で傷んでいる残りの山林や、河川修復に使います。人足を多く雇えるのでいい仕事ができます。余った小判は天領の村人に分けてやります。作造さんありがとう」と言って天に向かって手を合わせていました。
それから作造は今にも死にそうだったお千代ばあさんの家に向かいました。もしかしたらお千代ばあさんはまだ生きていると思ったからでした。案の定お千代ばあさんは生きていました。そしていつものように縁側に腰を下ろして休んでいました。作造はそんなお千代ばあさんに「お千代さん、わしだ、わしじゃよ。前と比べるとずいぶんと顔色がよくなっただ」と言いました。それを聞いたお千代ばあさんは「どなた様ですか? 私は目が見えなくなってしまいましたので分かりません」と言ったのです。それを聞いた作造は「そうでしたか。ほら、以前大根の味噌漬けを土産にもらっていった乞食じじいじゃよ」と言いました。すると「あぁー、あのときのおじいさんですか。その節はいろいろと、いいお話をしていただきましてありがとうございました。おかげさまで助かりました。不思議と体も元気が出てきてまだ生きています。あなた様のおっしゃったことをあれからすぐに実行しました。そしたらみんなと仲良くなることができました。亡き嫁とも和解することもできました。今は目が見えなくなりましたが、あなた様から人との関わりが大切だと教えてもらったので、近所の若い嫁たちに時々うちに集まってもらって、私の今まで失敗した話しを聞かせています。これならば私にもできることだと気付いたのです。そうしたらみんなに人生勉強になるといって喜んでもらっています。そして今は、せがれとこの家で一緒に住んでいます。私の骨を拾ってくれるそうです。もういつでも極楽に行く準備はできました。不思議と心も清々しました。これもあなた様のおかげと感謝しています」と言ってきたのです。それを聞いた作造は「それはよかった、よかった。それで顔色もよくなっただ。せがれさんらもきっと心配していたと思いますだ。心がさっぱりすれば体にもいいですだ。心身は心と身と書くだ。すなわち身は体のことだから、体の健康は心と密接に関係していますだ。ところでお千代さん、実はなぁ、わしはこんど遠い、遠い自分のふるさとへ帰るんじゃ。それでこの間、大根の味噌漬けをもらったお礼にこの庭の落ち葉をかき集めてきれいにしてやりたいのじゃよ」と言いました。するとお千代ばあさんは「それはありがたい。でもたった大根の味噌漬けのお礼にしては割に合わないでしょう」と言いました。すると作造は「お千代さんは自分が間違っていたことを、こんな素性の知れぬ乞食じじいに正直に話してくれた。それがうれしかったのじゃよ。気持ちの問題じゃよ」と言いました。そしてそれを聞いたお千代ばあさんは「そうだったのですか。私はこんな体なので掃除ができないでいたので、それではお願いします」と作造に言いました。それを聞いた作造はすぐに作業に取り掛かりました。一回も掃除をしていなかったので落ち葉はたくさん集まりました。そして掃除を終えた作造は「目が見えないと言うので、今わしがまじないをかけるだ。そしたら、せがれさんを呼んできて、この庭のことを説明してもらって下さい。わしはまじないをかけたらすぐにここから立ち去ります。それではまじないをかけるだ」と言って「∑∑∑∋∋∈∈・・・・」と、わけの分からないまじないをかけてすぐに庭から去っていきました。そしたら集めた庭中の落ち葉が見事にすべて小判に変わりました。お千代ばあさんは目が見えませんからそれがわかりませんでした。そして言われたとおりにせがれを呼んできて庭を見てもらいました。せがれは数え切れないたくさんの小判を見て驚いたのは言うまでもありませんでした。そして傍らに置いてあった手紙をお千代ばあさんに読んで聞かせました。お千代ばあさんはそれを聞いてびっくり仰天して「あの方が、か、か、か、神様だったとは、信じられない。何か不思議な人とは思っていたが・・・。それにしてもありがたや、ありがたや・・・。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・」と言って茫然としていました。しばらくして我に返り、たくさんの小判があることを知ったので、この小判は世の中のために使ってもらおうと思ってすべて代官所に寄付することに決めました。そして最後に「もうじきあの世へいく身なので、この小判を生かしてあげることはできない。それでは小判がかわいそうだ。子孫に美田を残すな、ということもあるしなぁ」とつぶやきました。その後作造は茶屋のお菊ばあさんと、金を借りて返せないで困っている助次郎の家にも同じく落ち葉を集めて掃除をしてやり、それを全部小判に変えてしまいました。お菊ばあさんと助次郎が驚いたことはいうまでもありません。助次郎はすぐに金貸しの助三郎に借りていたお金を返しに行きました。助次郎はまだお金を返してなかったのでした。金貸しの助三郎は高利の約束で返済日を延長していたのでした。
しばらくすると、落ち葉を小判に変えた乞食じじいの話が村中に伝わりました。それを聞いた、呉服屋の番頭、うどん屋の主人、金貸しの助三郎はともに「乞食じじいが、もし神様だと分かっていれば、優しい言葉の一つでもかけたのになぁ」と心の底から悔しがっていました。しかし、どんなに悔しがっても後の祭りでした。そして人足の佐平治と久作のところにもそのことが伝わってきました。特に欲が深く、人を人前で傷つけることをなんとも思っていない根性の悪い2人は「作造がもし神様だと分かっていたら、いっしょうけんめい持ち上げて何でも言うことを聞いたのになぁ」と人一倍悔しがりました。しかし、ことは悔しがっただけではすまなかったのです。
作造はそんな呉服屋の番頭、うどん屋の主人、金貸しの助三郎、人足の佐平治、久作たちにはとんでもないことをして人間界から去って行きました。そのとんでもないこととは、これらの者が持っている有り金と、店の有り金のすべての小判を何と落ち葉に変えてしまったのです。もちろん金貸しの助三郎が助次郎から返してもらった小判も落ち葉に変わってしまったのでした。これらの者たちは作造によって一文無しにされてしまったのでした。小判を落ち葉に変えられた者たちはあまりにも驚きが大きかったので、すっかり生きる気力を失い毎日のように「天罰だ!! 天罰だ!!・・・・」と言っては村中を走り回っていたとさ。
※ 人をいじめたり、虐待したりすると天罰が下るかもしれません。今、持っているお金が全部落ち葉になってしまうかもしれませんよ。だからいじめや虐待はやめよう。 おしまい
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